オトナは全員クソだ!ぼくはいかに“ムサビ”で絶望し挫折したか【斉藤啓】
どーしたって装丁GUY 第2回
■まさかのマッチング率=ゼロ
大学初日、視覚伝達デザイン科(以下視デと略す)の講義室内は美大受験勝ち組の自信と熱気で一種の集団躁状態の中、最初の授業がスタート。それは新入生全員が「将来の夢」を一人一人発表してゆくというもの。そこで新入生たちが目を輝かせ頬を上気させながら語る「夢」、「夢」、そしてまた「夢」。そのあまりの想定外っぷりにぼくは愕然としました。
「ぜったい電通に入る!って今から宣言しとくわ!」って頭掻きながらテヘペロするやつだの、「大企業のデザイン部に就職したい」だの、「ファッションブランドの広報部」だの、「化粧品会社の宣伝部」だの。誰かが発表するたびに拍手が起こり、ひとしきりディスカッションが盛り上がる。そしてそれを うんうん と頷きながら眩しそうに頼もしそうに見守る教授陣。
「ハァ?こいつら正気か?」
戸惑いから絶望、そして憤怒でぼくの顔からみるみる生気が抜けてゆきます。だってこちとら世界的天才芸術家になって世界中にチヤホヤされる、そのためだけにここにやってきたのだから。美をつくる術を教えるのが美術大学、と信じきっていたぼくの目の前で行われているのは「就職志望先発表会」。アートにシューショクなんてカンケーないし、テンツーとかハクポートーっていったい何の麻雀の役だよ!?
一瞬で思考回路が凍りついてしまったぼくに「夢」を発表する番が。
「デ、デザインをアートにまで昇華した…よよ横尾忠則のような…い今の若い人は知らないですかね横尾忠則あはあはは…」と、この講義室で一番若いぼくはカタコトで続ける。静まり返る講義室にいる全員が、無知なド素人がマグレ合格で恥さらしにやってきやがったって目をしてた、気がした。
「み、見たこともないデザインで…」話の途中に、カレ現役らしいよ。ピュアな子だよね。みたいな囁きが聞こえた、気がした。「…世、世界を変えてみたいです…」最後は蚊の鳴くような小声でフェード・アウト。まばらな拍手と微妙な雰囲気の中、この話題はこれ以上深まらず、すぐに次の人の番へ。
…おのれ恥を…、天才芸術家のこのおれに生き恥をかかせおってぇえええええ
この低俗で世慣れくさった資本主義のイヌどもが!!
今考えると、彼らはまったく低俗でもイヌでもなんでもなく、ただ自分たちの現状や立場を正しく認識していただけのこと。浪人生活を美大予備校で実技を磨くことに費やし、同じ境遇の仲間と交わり、受験の傾向と対策や将来の就職活動先も見据えつつここに来た。なんてちゃんとした若者たちだったのか!
後に知るのですがここ視デと多摩美術大学グラフィックデザイン科は「電通・博報堂への登竜門」としての双璧。教授陣も「商業デザイナー」を輩出するためモチベづけなり指導なりを行うのはごく当然。要は生徒と教授陣全員がこの視デでやるべきこととのマッチング率が高かったとゆうこと。ただ一人「バリバリのアーチスト志望」のぼくを除いては。